本日8月23日は先祖のひとり、佐奈田与一氏が平安時代末期のクーデターで亡くなった日。そして私自身も思い出深い日です。

sanada-old.jpg
まったく他所様にはどうでもよい話で恐縮なのですが、本日823日は、うちの平安時代末期の先祖のひとりが、源頼朝公と一緒に時の大将「平清盛」氏に対してクーデターを決行し、そして小田原市の石橋山で憤死(?)した日です。今から845年前のことですけどね。

まぁ当時の資料「吾妻鏡」などの記載日時は太陰暦なので、太陽暦の現在とは正確な日時はずれますが・・
sanada-yoichi.jpg
1-20101125211612.jpg
眞田與一.png

そしてもう一件、考えてみたら本日8/23は、私自身が単車で大事故を起こした日で、こののち5回の大きな手術と半年の入院を余儀なくされた、まさにその日でした。

大型保冷車の腹の中に単車共々吞み込まれちゃって、気づいたら私の頭のすぐ横にトラックのタイヤがあって、もう少しで頭を潰されるところでした。まぁある意味、右足の大怪我だけで済んでよかったです。

でもそんな遠い先祖と今の私、太陰暦と太陽暦の差はあれど、こうして同じ日に大きな怪我するなんて、まさにこれぞ因果・因縁なのではないでしょうか。

あぁでもその先祖の佐奈田与一さんは、首を切られて亡くなりましたっけ。

つくづく良かった、私は右足だけで・・(;´∀`)

ちなみに、戦国時代のサナダユキムラさんの一族と我が家は同じ苗字の読みで武士の家なので混同されやすいですが、実は彼ら信州のサナダさんたちは相模のサナダや房総のサナダより400年もあとに出てきたサナダさんです。

どうか一緒にしないでほしい( `дー´)キリッ

・・というか、あの信州のサナダさんは、実は室町時代あたりにうちの家系、相模佐奈田→房総眞田から枝分かれした一族とも云われていたりしています。

10~15年ほど前に亡くなった、うちの家系の古老のお一人が、当時そんな伝承を私に教えてくれました。

・・こんな話をすると、世の(自称)歴史家たちがピーキャー騒ぐんですが、でも実際うちにそういう伝承が伝わってるんです、仕方ないじゃないかとw
私じゃなくて古老の五郎さんに言え!もうアッチ側に逝っちゃってるけど

'`,('`) '`,

この記事へのコメント